ヨガインストラクターになるということは自分を知る旅に出るということかもしれない

ヨガインストラクターになって、やっと自分のことを知ることができたように感じます。
しかもとても長い時間をかけて。

ヨガを初めて9年。
途中、自分の中に「存在してほしくない自分」を発見したことが何度もあります。
ずるをしようとしたり、嘘をついてるのをついていないかのうように装ったり
必要以上に負けず嫌いだったり、嫌になるほど他力本願だったり・・・
そんな自分が自分の中に存在するはずがないと、直視することをやめようとしながらも、何度も向き合いながら、「それも自分なのだ」と認めることができるようになりました。

まだまだ克服していない部分が多くあります。
それでも、過剰に反応しなくなりました。
気分が荒れていても「荒れている」と気が付いています。
それだけでも随分変わったなと感じます。

ヨガをしていなければここまで自分を知ることができなかったと確信します。
向き合うことが怖くて、目を背けて過ごしていたでしょう。
「人生は素晴らしき冒険旅行」
人生という旅は、きっと楽しいことだけでなく苦しみや憂い、落胆があるからこそ素晴らしいのではないかと感じています。

ラクシュミーヨガインストラクター養成講座のレジュメ内にも、苦しみの中で幸せをみつけ、ストレスの中でパワーを引き出すという一文があります。
幸せばかりの中にあっては、幸せを幸せだと感じることができない。
ストレスはなくすことができない、それをパワーに変えることができたら怖いものなし。

怖いものは、怖いがゆえに正体を確かめないからもっと怖いのだと知りました。
それはまるで黒い袋の中に、なにやらにょろにょろと動き回る物体が入っていて、ときどきドタドタと暴れまわる物を渡され、あまりの怖さに放置するようなものです。
実際には中身はただのウナギかもしれません。
仮にヘビだったとしても、ヘビだとわかれば何か対処方法を考えることができます。
それもせずに逃げ出し、放置するからいつまでも怖いものがなくならない。

これは自分の心理状態のことを言っているのです。
対峙したくない自分、認めたくない自分をいつまでも認めようとせず閉じ込めることで、その気持ちはどんどん増幅し、いつか爆発します。

かつて感情のコントロールが苦手だった私は、まさにその状態でした。
ヨガに出会ったことで、いろんな自分がいて当たり前なのだと知りました。
批判や評価・判断することなく、ただ観るという向き合い方を知ったことで
今まで向き合うことをためらい、閉じ込めていた自分と対峙することができました。
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その自分はいなくなったわけではありません。
暗質・激質・純質の関係と同じように、なくなることはありませんが、
純質が他を圧倒したとき、純質が優勢になるように表に出てこなくなるだけです。
しかし閉じ込めていたのとは全くちがう心の底の静けさがあります。

「私」という小さな入れ物の中は、宇宙よりももっと広い。
ヨガをするということはその大宇宙を旅するようなもの。
ラクシュミーヨガインストラクター養成講座の基礎中の基礎的教えは、今もその旅で迷子にならないよう羅針盤的な役割をしっかりと果たしてくれています。

そしてこの旅は死ぬとき(もしくは死んだ後もずっと)続くんだな思っています。
あっという間になんでも手に入る現代において、そう易々と手に入らないものがあることにワクワクします。
おばあさんになっても尚、探求することがあるなんて!!

ヨガインクトラクターは基本、フリーランスです。
フリーランスだからこそ、自分で考え行動し、軌道修正する必要があり、その行動は本当に正しかったか?教えてくれる人はいません。
そのおかげでたくさんの貴重な経験ができました。
人生の密度が増したように感じます。
何事も、経験してみて初めて分かるものです。
トライしてエラーしての繰り返し。
だからこそ強くなります。
痛くないようにエラーができるよう、柔軟にもなります。
まさに内柔外剛。
経験を通してヨガを学び続けています。

この楽しさ、あまり伝わらないかな?
でもタヒチに旅行に行くよりも、ディズニーランドに行くよりも、スキューバダイビングするよりも
何倍も、何十倍も楽しくて仕方がないのです。
私は今、最高に幸せな人生の旅の途中です。

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